本年8月に心理学検定を受験し、1級合格をさせていただきました。
3ヶ月間の、仕事と育児の間の短時間の勉強で、広く浅くしかできませんでしたが、この勉強を機に、自分の仕事の価値観・方向性をガラッと変えるほどのものに出会うことができました。
AIが発達し、私たち弁護士の業務もAIに取って代わられる部分も多く生ずることが予想されます。しかし、離婚問題など、金銭だけの解決にはなじまない、人の心が密に絡むものについては、AIに取って代わられることはありえません。法律相談をしていますと、「人に話を聞いてもらえること」「その話を人が真剣に受け止めてくれたこと」「いわゆる専門家から、大丈夫ですとの安心のアドバイスを受けたこと」などに、相談者の方々は満足していただけるように見受けられます。このような生身の人間同士の対話にやはり価値があると感じざるを得ません。(このような場面では)法的アドバイスは、むしろそれらに劣ります。
当初、心理学の勉強を決意した動機は、専門(法律)×専門(心理)による権威づけを期待したからでした。心理学にも精通している弁護士は、そうでない弁護士よりも、なんとなく頼れそう。相談者の方々にそのような安心感をもってもらえるのではないか、と考えました。
しかし、実際に心理学をかじってみて悟ったことは、相談者のためにあるのではなく、弁護士の自分自身が感動をするためにあったということです。人の心を分かろうとすることは、自分の心を見つめることです。依頼者のために仕事をしているように見えるが、その実は自分の成長のためなのです。このことは、どのような仕事についても当てはまるものだと思います。
ただし、その自分の成長は、将来の相談者の方々に対して、よりよいものを提示できるための種蒔きや水やりでもあります。
法律相談や法的解決というものは、「完成型」がありえません。専門家は、普段から不断に、種蒔きと水やりをしなければなりません。自分の仕事に満足し、やり易いものだけを選んでぬくぬくと仕事をしていても、やがて枯れていくのは必然です。
勉強を通じて、このような決意をさせていただくことができました。
そして、今までとは異なり、新たなことを始めようとも考えています。また、この場でもご報告させていただこうと思います。